真実の彩。

そして今この瞬間に君はもっともっと美しくなるんだね

彼が舞台で輝くまで。

『受信メール 一件』

開いたのはお昼休み。トイレに並んでいる時だった。
「ひっ」という声を漏らし、そのままトイレに入る。懸命に胸を落ち着かせつつ驚異なスピードで用を足し、トイレを飛び出した。人目も憚らずに猛ダッシュ、そしておたくを見つけて抱きついた。いきなり飛びつかれて全く状況を理解していなかっただろうが、もはや半泣き状態でとびついてきた私をとりあえず抱きしめ返し、なだめてくれる友人達。持つべきものは友人である。良い友人を持った、と後になって感動することになる。
「い いのおくんが いのおくんが いのお いの いのお…!」と息も絶え絶えきなんとか息をしている状態でとりあえず名前を告げる。「どうしたの?ドラマ決まったの?」「ちが ちがうぶたい 舞台 主演!」友人各位拍手。
上司が一人でヤケになって呑んでいるところに出くわしてしまった日下くんよりも もはや見てはいけないものを見てしまったような動揺っぷり。
後から冷静に考えれば 又は、周り他のおたくから見ればこんなに息も絶え絶えになるほどのことではないかもしれない。だがしかし私にとって「伊野尾慧 舞台主演」という言葉の威力は凄まじいものだった。
 つい数日前、彼は某ヘアカタログの表紙を飾ることが決まっていた。年明けてすぐのWパンチ。一発K.O.である。
「伊野尾慧の時代が来た!」ではなく「時代が伊野尾慧に追いついた!」素直にそう思った。そして今尚、それは間違いではなかったと思っている。彼が人間として秀逸すぎており、時代を先駆けすぎていたために時代が追いついていなかったのだ。少なくとも私はそう信じて疑わない。

なぜ今私がここまで彼に魅せられているのか なぜ彼はあんなにも魅力のある人間なのか。

ずっと知念担、知念くんだけを見てやってきた私が なぜこんなにも彼の虜になっているのか。その事実に興味が湧いて止まらない。
ただ単に世の流れにまかせて魅せられている のかもしれない。
彼の魅力が爆発し、こうまで魅せられているのは私だけではないだろう。
しかし私は彼が今になって異常なまでの露出を果たし、「推され」ながら、メンバーとしての役割を担い、グループの人気を引っ張っていく立場になってきたのを見て ただミーハーに「最近のいのおくんすごい!」ではなく、彼がここまで自力で、地道に一歩ずつ階段を上ってきた、その事実に魅せられていることに気が付いた。

「推され」ていなかった時 影で輝いていた彼を私は知らない。
だから担降り云々の話ではないことは百も承知である。
ただ「影でも輝いていた、影で輝いていた」彼が、座長として舞台に立つまで。その生い立ちに興味を持ち、惹かれ、そして魅せられているのである。

舞台主演として様々な雑誌でクローズアップされ、それまで語られることのなかった彼の胸の内が明かされてゆく。考えるだけで震えるのである。
いのおくんの10000字インタビュー、それは「いつもの彼」であり、「いつもの彼」でしかなかった。辛いと感じることがそもそも少ないのかもしれないが、他のメンバーに比べると些か感動はない。良くも悪くも「いつもの彼」なのである。悪しからず。

私が彼のエピソードで初めて泣いたのは、山田さんの10000字インタビュー。
ちゃらんぽらんで勘違いされてることも多いけど、伊野尾(慧)ちゃんも、すっごいJUMPのこと大事にしてる。1年半前くらいかな、これからのJUMPをどうしていくかって、自分たちの未来を決めるような大事な話し合いをして、重い話だったから、終わったら、みんな張りつめた顔をして各々の部屋に戻って。そしたら俺の部屋にピンポーンて伊野尾ちゃんが来たんです。いきなり俺に頭を下げて、"ありがとう、山田"って。"さっきみたいな話し合い、おまえ発信じゃなかったらできなかった。おまえがいるから、JUMPは、今こういう形で活動できてる。ありがとな"って。後輩の俺に、そんなこと面と向かって言えるってカッコいいなって。芯の通った、本当に温かい人。
山田さんの10000字インタビューには数々のお涙ちょうだいポイントが含まれているが、私はいつもここで号泣する。
私は彼に対して割と ヘラヘラと(といったら語弊があるかもしれないが)のんびりと、お気楽に生きているイメージを持っていた。むしろそれしか持っていなかったかもしれない。
JUMPのメンバー内No.1の頭脳明晰さを誇っているであろう彼は、決して表に出ることなく、影でひたすらメンバーのことを考え、そして支えていたのだ と私は読み取った。
私が彼の本当の魅力に気が付いたのは、その時だったのかもしれない。遅かった。もっと早く彼の魅力に気が付いていたかった。でも、今気が付くことができて良かった。そう思う。

そしてそんな彼が今、『座長』として舞台に立った。立っている。ジャニーズの舞台ではない、一人の「役者」として、芝居をしている。ーーーー
感動しない訳がなかった。私の中のすべての感情が掻き乱された。

『笑いと悲しみの組み合わせは、彼の演技を人生そのもののように見せる。』

もはや彼の「生の演技」を鑑賞することになんの不安もなかった。
観客は泣いたり笑ったり 彼らの演技に、彼の演技に、「翻弄」され続けていた。
初めて観劇したあの時あの瞬間から 一気に「カラフト伯父さん」の世界に引き込まれた。役者である彼を見た。
話の内容を知った時「なぜいのおくんが」と思うことはなかったが 逆に「妥当なキャスティングだ」と思うこともなかった。だがしかし観劇した後である今、彼があのストーリーで、あの役で、あの舞台で演技をしたことは 必然であり、宿命であったのではないか と思っている。
大学の論文関係で東日本大震災被災地に赴き、話を聞き、自分の糧としたであろう彼が、阪神淡路大震災で心に大きな傷を負い、ぽっかりと穴の空いてしまった青年を演じることには意義があった。そう思った。

「カラフト伯父さん」については、また。
残すところあと数回、大阪公演のみ。

今後の彼と舞台の ますますの発展を願って。